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最高裁判所第三小法廷 昭和39年(行ツ)84号 判決 1968年2月27日

上告人 青木正二

被上告人 高等海難審判庁長官

訴訟代理人 佐々木宗平 外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高木郁哉名義の上告理由第一点ないし第四点について。

動力船に対し狭い水道における右側航行を定める海上衝突予防法く(以下単に予防法と称する。)二五条一項の規定は、「それが安全であり、且つ実行に適する場合」であることを条件としてその遵守を要求するものであること法文上明らかである。ところで、同条項は、同法の他の航法に関する規定が具体的に衝突の危険を生じた船舶間を規律するのと異なり、現に衝突のおそれが存すると否とにかかわりなく適用される規定であるから、前叙の条件をみたさないものとしてその右側航行が免除されるためには、単に右側以外を航行しても実際危険がないというだけでは足りないことはもちろんであるが、他面右、側航行について現実に切迫した危険の存する場合であることを要するものでもない。それは、さらに軽度の運航上の危険を避けるため、すなわち、航法に関する諸規定並びに船員としての通常の経験と慣行に照らして、諸般の事情から、船舶の安全な運航のために水道の右側に就くこと、または右側を続航することを避けるのを相当とする場合であれば、水道の中央または左側を航行することも許容するものと解すべきである。

本件についてみるに、原判示によれば、三光丸が百間堀から三井石炭埠頭南西角を左転繞航して京浜運河に入航したのは、折から日清製粉鶴見工場沖に第二馬来丸が同運河を東行するのを認め、同船の前路を横切つて運河の右側に就くことができないため、ひとまず運河の左側を航行し機会をとらえてその右側に移る方法を選んだことによるのであり、また、その左転後同運河の扇町南岸を約一〇〇メートルの間隔をおいて東行したのは、同船の右舷後方から第二馬来丸が次第に接近してきたので、運河の右側に就けない状況にあつたためとされる。論旨は、これに対して、三光丸が三井石炭埠頭南西角を通過するにあたり第二馬来丸の東行を認めた以上、そのまま行き脚を止め、同船を先行させた後に運河の右側に就くのが船員の常務として当然である旨を主張し、また三光丸の左転後の左側航行についても、同船が運河上で停船または減速して第二馬来丸を先行させたうえ運河の右側に就くことが容易であつたはずと論じ、三光丸の航行を予防法二五条違反と認めなかつた原判決を非難する。

しかし、右運河については、直ちにその右側に就けないかぎり入航を許さないとするような法令上の制限はみられない。また三光丸の前叙のような左転左側の運航が、運河上における第二馬来丸の進路を避けるための手段であつたことも疑ない。三光丸の左転は、第二馬来丸の進路を避けながら、しかも自船を安全かつ速かに運河の右側に就かせようとする意図のもとに採られたものと認められ、それは、原判決の認定するように、第二馬来丸の係留予定地が間近に迫つており、従つて同船の減速航行が考えられたこと並びに右のような意図によつた三光丸の左転と所論のような停船による方法とではいずれが速かに運河の右側に就くことになるか当時予想が因難であつた状況にあつたことにかんがみれば、必ずしも運航の方法を誤つたものとはなしがたい。なおまた左転後の三光丸の左側航行も、予期に反して第二馬来丸が速かに減速しなかつたため、同船を引き離して運河の右側に就く機会を得られなかつたことによるものと認められ、三光丸は、目前に係留予定地を控えた第二馬来丸の減速は必至として、なお当初の方針を持して運航を続けたものと推測することができる。そして、もし所論のように同船が第二馬来丸を先行させたうえ運河の右側に就いたとしても、第二馬来丸が程なく採ることが予想される係留態勢のいかんによつては、三光丸が操船上の危険を被るおそれなしとしないことに思いを致せば、右三光丸の左側航行を、あながち失当ということはできない。結局、同船の航行を、同船の置かれたそのときの状況下において海上運航者として採るべきやむをえない措置として理解しうるものとした原判決の判断は、肯認しえないものではない。

論旨はなお、原判決が三光丸の右のような運航を是認したのは、速かに運河の右側に就くためであれば一時的違法(左側通航)をおかしても妨げないとする見解によるもので、予防法二五条の法意に反するがごとく論ずるが、狭い水道における右側航行が安全かつ実行に適さない場合における右側以外の航行は、同条の明らかに許容するところであることは前叙のとおりである。所論は、原判決を正解しないものであつて、採用できない。

このほか、論旨は、三光丸の航行に関し原判決が弁論の全趣旨のみによつて事実を認定したところのあるのをとらえて、失当という。しかし、弁論の全趣旨のみによつて係争事実を認定することも許されないものではないのみならず、本件においては三光丸の発航から衝突に至るまでの経過については当事者間に争なく、右争のない事実に基づけば、上告人の主張事実中弁論の全趣旨によつて認定したところも首肯しうるから、所論の非難はあたらない。

これを要するに、原判決の三光丸の京浜運河の左側航行に関しては、その事実の認定にも、法律の解釈適用にも、所論の違法は認めがたく、論旨はいずれも採用できない。

同第五点および第六点について。

論旨は、本三件光丸と金剛丸との衝突は、三光丸の予防法二五条違反の航行に原因するものであり、このような場合には、右両船間に同法一九条、二一条の適用はなく、違法な運航状態にあつた三光丸において衝突を避けるべき適宜の措置をとるべきであるのに、金剛丸に右一九条を適用した原判決は、法律の解釈を誤りたものというが、原判決は、三光丸について右二五条違反を認めていないのであつて、その判断に瑕疵のないことは前叙のとおりである。してみれば、論旨は、その前提を欠くものといわなければならない。

原判決の認定したところによれば、本件において、金剛丸が最初に三光丸の航行を認識したのは、時間にして衝突の約二分前、距離にして四〇〇メートルばかり存したときというのである。従つて、金剛丸において三光丸の針路、速力につき注意を怠ることがなかつたならば、避譲措置を講ずるにつき十分余裕があつたわけである。このような場合には、予防法二五条の適用のある狭い水道においても、特別の法令の定めのないかぎり、同法一九条、一二条の適用があるものと解するのを相当とする。されば、金剛丸が上記の状態で三光丸を認めながら、同船の動向に留意せず、作業打合せのため来航した第二按針丸と六、七メートルを隔てて機関を停め惰力によつて進行しながら作業の打合せを行ない、その終つた頃三光丸が間近く迫つているのに気付き、全速力後退を命じたがその効なく衝空したものと認められうる事実関係について、金剛丸は著しい不注意のもとに予防法一九条に違反したものと解した原判決に違法はない。

なお論旨は、仮に金剛丸に予防法一九条の適用があるとしても、それがために三光丸に同法二五条違反を許容する理由はないと論ずるが、原判決は三光丸に右二五条違反の事実を認めず、また本件衝突の結果と三光丸の左側航行との間に必然的な関係はないものと判断しているのであつて、その認定、判断に違法の存しないことは前叙のとおりである。

論旨はすべて理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 横田正俊 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

上告理由<省略>

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